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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)5929号 判決 1968年3月07日

原告 西村スエノ

右訴訟代理人弁護士 瀬戸藤太郎

被告 岡本留吉

右訴訟代理人弁護士 河合伸一

右訴訟復代理人弁護士 陶山三郎

同 赤木文生

同 宮武太

同 河合徹子

同 岸田功

主文

被告は原告に対し、金一〇万五、〇〇〇円及びこれに対する昭和三四年一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の、その余を被告の、各負担とする。

この判決中第一項は、原告において金三万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一申立

(一)  原告

被告は原告に対し、金七三六万九、二〇〇円及びこれに対する内金六七五万二、〇〇〇円については昭和三四年一月一九日から、その余の部分については昭和三六年二月一日から、いずれも支払ずみに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

(二)  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の請求原因

(一)  別紙第一目録記載の建物(以下本件建物という)は、原告の実兄である訴外西村利一郎の所有するところであったが、原告は、同訴外人に対し昭和二二年一一月二〇日から同二三年一〇月二七日までの間、八回にわたり現金合計九五万円を貸し付けていたので、同二四年一二月二二日、右債務の弁済に代えて右建物の所有権の譲渡を受け、同日その所有者となった。その後、原告は、昭和二六年一〇月五日、訴外伊原弘に対し本件建物を金二八五万円で売渡したが、右契約が合意解除されたので、同年一二月一日再び本件建物の所有者となり、次いで昭和三〇年六月二三日、訴外青野卯一郎に対し金一六五万円で本件建物を売渡した。

以上の次第で、原告は、昭和二四年一二月二二日から同二六年一〇月五日までの間、及び同年一二月一日から昭和三〇年六月二三日までの間、本件建物の所有者であった。

(二)  原告は、本件建物を訴外西村利一郎から譲受けた後、それをパチンコ遊戯場に改装しようと計画し、昭和二六年二月頃から本件建物内に訴外西村力弥、同西村芳郎両名を居住させて管理させる一方、同年三月ごろから改装に着手しほぼ八〇パーセント程の工事を終えたところ、被告は、本件建物を前記西村利一郎の相続人等から買い受けたと称し、何ら法的手段によることなく本件建物の占有を奪取することを企て、同年四月一日突如前記西村力弥及び西村芳郎の不在を見計らい、訴外弁護士佐野実及び人夫数名をして本件建物内に侵入させたうえ、内にあった原告所有の動産を戸外に搬出放置させ、本件建物に被告代理人弁護士佐野実名義の立入禁止の掲示ならびに被告名義の表札を掲げ、出入口をすべて施錠させた。右西村力弥及び西村芳郎は本件建物に間もなく戻って来て、右の事態を知り、その場で右弁護士等に抗議したが、却って同人等から暴行を受け、建物内に入ることを断念せざるを得ない有様で、遂に、原告は、同日、本件建物の占有を被告に奪取された。

しかるところ、右のように本件建物に対する不法侵入が行なわれた際、前記佐野実及び人夫数名において、内にあった原告所有の別紙第二目録記載の物件を戸外に搬出放置し、同月二日ごろ、右物件を紛失するに至らしめたが、右物件の当時の時価は右目録記載のとおりであり、合計金一三万六、〇〇〇円であったから、原告は右同日同額の損害を受けた。

右は、被告が故意少なくとも過失により原告の所有物を喪失させた不法行為であるから、被告は原告に対し、損害賠償として金一三万六、〇〇〇円を支払う義務がある。

(三)  被告は、原告から本件建物の占有を奪取した後、訴外大沢万次郎を本件建物内に管理人として居住させ、昭和三〇年八月末日頃まで不当に本件建物を使用し、金三九四万七、四〇〇円の利得を得た。即ち、不法侵入後間もなく二階七七・九八平方メートル(二三坪五合九勺)を一四室に仕切ってアパートとなし、右各室を、訴外木村順一、同中野盛治及び同奥田房之助に対して月額各金二、〇〇〇円、同山口とみに対して月額金一、八〇〇円、同竹中幸治に対して月額金二、五〇〇円、同山田昌雄、同大沢万次郎、同川西宏男に対して月額各金一、七〇〇円、同和田林繁好、同谷後磯次郎、同中村金兵衛、同藤田俊雄、同大沢良掛及び同泉一雄に対して月額各金二、〇〇〇円で賃貸し、一箇月にして計金二万七、四〇〇円の賃料を得た。仮に被告が賃料を取得した事実が認められないとしても、被告が右二階を自ら使用できた利益は法律上利得と認められるべきであり、その利得の額は前記の金額と同じく一箇月にして金二万七、四〇〇円である。また被告は右建物の階下一五三・七一平方メートル(四六坪五合)を自ら使用していたが、その使用の利益は法律上利得と認めらるべく、その利得の額は、原告が昭和二六年二月ごろ他より階上階下共で月額金七万円、階下だけで月額金五万円で賃借の申込を受けた事跡に照らし、少なくとも月額五万円相当である。そうすると、被告は階上階下共で一ヶ月当り金七万七、四〇〇円の利得を得ていたことになるが、被告が本件建物を使用していた期間は前期のとおりであり、少なくとも五一箇月であったから、被告が得た利得は合計金三九四万七、四〇〇円である。

反面において原告は、前記のように、昭和二六年四月一日より同年一〇月五日まで、および同年一二月一日より昭和三〇年六月二三日までの間本件建物の所有者であったにかかわらず使用収益ができず、損失を蒙ったが、その損失の月額は少なくとも被告の利得の月額と同額である。けだし、本件建物は従前事務所として使用されていたものであり、被告に不法侵入された当時は遊戯場として改装中であったのであって、全部営業用建物として賃貸することが明白であったし、仮にそうでないとしても坪数上地代家賃統制令の適用を受けない建物であったからである。そして前記の如く原告が本件建物を使用収益できなかった期間は、少なくとも四八ヶ月間であったから、被告の損失額は合計金三七一万五、二〇〇円である。

よって、被告は原告に対し、不当利得金の返還として、金三七一万五、二〇〇円及びこれに対する利得の後である昭和三四年一月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による法定利息金の支払をする義務がある。仮に被告の利得額が原告の損失額に充たないとしても、被告は悪意の受益者であるから、原告の損失額の全部を支払う義務がある。

(四)  前記(一)に述べたように、原告は、昭和二六年一〇月五日、本件建物を代金二八五万円で訴外伊原弘に売渡し、手附金一〇〇万円を即日受領し、手附金を差し引いた残代金は同年一二月五日原告が所有権移転登記手続を完了すると引換に支払を受けること、買主が違約した場合は手附金を没収し、売主が違約した場合は手附金倍戻をする旨の約定をしたが、被告は、本件建物について自己が所有権を有しないことを熟知しながら、本件建物の自由な処分を妨げる目的を以て、あえて自己が本件建物の所有者であるかの如く装い、仮にしからずとするも、通常の注意を払えば自己に所有権がないことが判明するのにその注意を払わず、漫然自己に所有権があるものと軽信し、昭和二六年一一月一二日大阪地方裁判所に対し、本件建物について処分禁止の仮処分を申請し、同裁判所裁判官をして事実を誤認させて同年一一月一六日申請同旨の仮処分決定をなさしめ、大阪法務局同月二二日受付第二〇一八八号を以て、処分禁止仮処分登記を経由せしめたので、前記伊原弘は原告に対し、売主としての義務の完全な履行が期待し得ないものとして同年一一月末日ごろ契約解除を申し込むに至り、手附金一〇〇万円の返還を要求したほか違約金として金一〇〇万円を支払うよう求めてきた。原告は、右仮処分登記の存する以上、やむを得ないものとして同訴外人の申入れを承諾し、同日、右売買契約を合意解除すると共に同訴外人に対し、金一〇〇万円の違約金債務を負担した。右の原告の違約金債務の負担は、被告の違法な仮処分申請に由来するものである。

よって被告は原告に対し、不法行為による損害賠償として、金一〇〇万円を支払う義務がある。

(五)  前記のように、原告が昭和二六年一〇月頃訴外伊原弘と本件建物につき売買契約をした時の代金額は金二八五万円であったところ、被告は、前記のように本件建物について所有権を有しないことを知りながら、もしくは、信義則上要求される注意義務をもって調査すれば当然所有権を有しないことを知り得るのに過失によってこれを知らず、前述のように本件建物について処分禁止の仮処分登記を経由してこれを維持し、また長期間にわたり本件建物を使用して占有し、修繕もせず朽廃するに任せていたので、当時一般の建物の価額は高騰を続けていたにもかかわらず本件建物の価額は下落し、原告が生活に窮して昭和三〇年六月二三日訴外青野卯一郎に売渡した際、その価額はようやく金一六五万円であった。すなわち、原告は被告の違法な行為により建物の価額を下落せしめられて金一二〇万円(前記各代金の差額)の損害を蒙り、もしくは被告の違法な行為により、本件建物を有利に処分する機会を喪失せしめられて金一二〇万円相当の得べかりし利益を喪失した。

よって、被告は原告に対し、不法行為による損害賠償として、金一二〇万円を支払う義務がある。

(六)  原告は、昭和二六年三月ごろ、訴外協同化学石鹸株式会社に勤務し月額平均金八、〇〇〇円の収入を得ていたが、本件建物でパチンコ遊戯場を営むため、同社を辞職したものであるところ、被告の暴力を伴う本件建物の不法侵奪ならびにそれに続く本件建物の不法占有により、いたく驚愕恐怖し、強度の神経衰弱にかかり、昭和二六年四月一〇日ごろから昭和三一年九月末日ごろまでの間、約六六ヶ月間にわたって治癒せず、この間全く労働不能の状態にあった。もし原告が神経衰弱に罹っていなければ、他に職業を求めて月額平均金八、〇〇〇円の収入を得ることは極めて容易であったから、原告は右六六ヶ月間の期間において合計金五二万八、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失した。

また、原告は、精神上多大の苦痛を受けており、その苦痛を慰藉するためには一ヶ月金一万円を以て相当とするから、原告は右六六ヶ月分の慰藉料として金六六万円を請求し得べきである。

よって、被告は原告に対し、右の物質的損害に対する賠償として金五二万八、〇〇〇円を、また右の精神的損害に対する賠償として金六六万円を、それぞれ支払う義務がある。

(七)  被告は、本件建物について所有権その他何らの権利も有しないことを知りながら、仮にしからずとするも、他人に対して争訟を提起する場合には自己の権利の存否につき調査を尽くすべき注意義務があるのにこれを尽くさず、漫然自己に権利あるものと軽信し、前記のように、原告を被申請人として大阪地方裁判所に対して処分禁止の仮処分を申請してその旨の裁判を得(同庁昭和二六年(ヨ)第一四七四号不動産仮処分申請事件)、その旨の仮処分登記を経由させ、更に本件建物につき登記名義をも得ようとして、原告を相手どり所有権移転登記手続請求の訴(同庁同年(ワ)第一一二一号所有権移転登記手続請求事件)を起したので、原告は自衛上やむなくこれらに対し異議申立、及び応訴をした。しかし原告は法律に無知であるため、訴外弁護士五端栄治郎を訴訟代理人に選任してこれにあたらせたところ、右仮処分異議事件(同庁昭和二八年(モ)第一一六七号異議事件)においては原告の異議が認容されて昭和三〇年二月一一日原告勝訴の判決があり、その判決は同年三月三日確定し、右本案事件については、原告より所有権確認及び建物明渡請求の反訴をも提起して抗争し、昭和二八年一二月七日同裁判所において原告(同事件被告)全面勝訴の判決があったが、被告(同事件原告)が控訴したので、原告はその控訴審(大阪高等裁判所昭和二九年(ネ)第一〇一号事件)において前記五端弁護士および訴外弁護士家藤信吉に委任して訴訟にあたらせたところ、昭和三三年八月二九日右裁判所において第一審判決を支持する旨の判決が言渡され、同年九月一八日同判決は確定した。

また、原告は前述のように、被告及びその指示を受けた訴外弁護士佐野実等が昭和二六年四月一日本件建物に不法に侵入した行為その他の犯罪行為について大阪地方検察庁に告訴することとし、告訴及びそれに関連する手続を訴外弁護士堀正一に委任し、同弁護士は同月九日その旨の手続をした。

そして原告は右各弁護士に対する事件処理の費用及びその報酬として、五端弁護士に対して、昭和三〇年六月二五日金三万円を、同年九月五日金三万円を、家藤弁護士に対して、昭和三三年九月三〇日金六万円を、堀弁護士に対して、昭和二六年七月一七日金一万円を、それぞれ支払った。そして、これらの出費は、被告の本件建物の占有を不法に奪取した犯罪行為、不法な仮処分申請ならびに不法な訴訟提起に由来する損害であると謂わなければならない。

よって、被告は原告に対し、不法行為による損害賠償として、金一三万円を支払う義務がある。

(八)  結論

以上の次第で、被告は、前述(二)、(四)ないし(七)の損害金合計金三六五万四、〇〇〇円、及び、前述(三)の不当利得金三七一万五、二〇〇円、ならびに前者に対する遅延損害金及び後者に対する利息金の支払をする義務がある。よって原告は右の合計金七三六万九、二〇〇円およびこれに対する内金六七五万二、〇〇〇円に対しては本訴状送達の翌日である昭和三四年一月一九日から、残余部分に対しては請求を拡張した昭和三六年二月一日から、いずれも支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

第三被告の答弁

(一)  請求原因(一)について

本件建物がもと原告の実兄である訴外西村利一郎の所有であったことは認めるが、同人より原告への所有権移転の事実は否認する。右西村利一郎と原告とは実の兄妹であって代物弁済というようなことがあり得る関係ではなかった。

本件建物について、原告と訴外伊原弘との間に売買契約のあったことは否認する。本件建物は元来、訴外西村利一郎が昭和二三年一二月三〇日代金三〇万円で競落してその所有者となったものであって、僅か二年後に価額二八五万円にもなるわけがなく、また原告主張の右売買契約の締結された当時、本件建物は訴外植田カ子ヲ(増田カネオ、増井カネオともいう)により占有されていたので、原告において同訴外人に対し明渡しを求めて訴訟中であった(大阪地方裁判所昭和二四年(ワ)第二七四号家屋明渡請求事件)のであって、このような係争建物について売買契約の締結される筈がない。

本件建物について、被告と訴外青野卯一郎との間に売買契約のあったことは知らない。

(二)  請求原因(二)について

否認する。被告は、後述の抗弁にても触れるように、昭和二五年一二月一九日、訴外西村利一郎の相続人等から本件建物を買い受けたので、その売買契約の履行を求めるべく、前記植田カ子ヲより紹介された訴外弁護士佐野実に事件を委任したのであるが、同弁護士は全く被告に相談をすることなく、独断で自己の知人訴外片桐冬次郎を本件建物の一室に入居させたので、訴外西村助三郎が人夫数人を連れてきて右片桐の荷物を放り出し、同人は、佐野弁護士に応援を求め、同弁護士が二、三人の人を連れてきて喧嘩となったもののようである。被告が同弁護士と共謀した事実はない。なお原告は物件の紛失を主張しているが、その主張の物件目録自体に照らしても、それらの物件が原告の所有であったとは考えられないところである。

(三)  請求原因(三)について

否認する。被告は大沢万次郎なる人物を知らず、本件建物を賃貸もしくは使用したこともなく、賃料を受領したこともない。当時原告は、前記植田カ子ヲが本件建物を占有しているとして、前記のように同人を相手どって本件建物の明渡を求める訴訟を遂行中であった筈であり、同人は昭和二九年二月一七日頃まで本件建物を占有していたのであって、被告が占有をなし得べき限りでなかったのである。

(四)  請求原因(四)について

被告が、原告主張のように仮処分申請をなし、その申請が大阪地方裁判所昭和二六年(ヨ)第一四七四号不動産仮処分申請事件として受理され、同年一一月一六日、本件建物につき原告の処分を禁止する旨の仮処分決定を受け、次いで大阪法務局同月二二日受付第二〇一八八号を以て処分禁止の仮処分登記がなされたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。被告は前記のような争を起す佐野弁護士を信頼することができなくなって訴外弁護士中元兼一に事件を依頼したが、同弁護士が処分禁止の仮処分登記を得ておかねばいけないというので、その意見に従い、その手続を同弁護士に委任したのにすぎない。

仮に、原告主張のように、原告が訴外伊原弘と本件建物の売買契約をしていたとしても、仮処分登記は相対的効力しかないから、買主への所有権移転登記手続が履行不能となることはない。原告がその主張の売買契約を解除し、あるいは違約金の支払を約するのは自由であるが、それらのことは本件仮処分登記の存在と因果関係がない。むしろ、右売買契約が合意解除されるに至った原因は、右売買契約締結の際、原告において本件建物が訴外植田カ子ヲに占有され現にその明渡しを求めて係争中であることを秘していたため、買主である訴外伊原弘が本件建物の現実の引渡を受けえないことを危惧したことによると推測される。

(五)  請求原因(五)について

本件建物について、原告と訴外青野卯一郎との間に原告主張のような売買契約のあったことは、既に述べたように知らない。その余の事実は否認する。被告は本件建物を占有したことがないから、本件建物を修繕したりすることはできなかった。

(六)  請求原因(六)について

原告が以前如何なる収入を得ていたか、本件建物についてどのような利用の計画を有していたかは知らない。精神上の苦痛の点も不知、その余の事実はすべて否認する。仮に原告が神経衰弱に罹ったとしても、原告主張の損害は被告の行為と因果関係がない。

(七)  請求原因(七)について

本件建物について、原告主張のように、被告が処分禁止の仮処分申請をし、その旨の仮処分決定を得て仮処分登記が経由されたこと、原告主張のように仮処分異議訴訟および本案訴訟が係属し右各訴訟で、原告主張の如き経過により、原告が勝訴したこと、本案事件の判決の確定日が昭和三三年九月一八日であること、右各訴訟で原告がその主張の各弁護士に訴訟委任をしたことは、いずれも認める(但し、右異議事件の判決の確定した期日は、昭和三〇年二月一五日ごろである)。被告が各弁護士に支払った費用、報酬等の額については知らない。その余の事実は否認する。弁護士に支払った費用、報酬等は、被告の行為と因果関係のある損害とはいえない。

(八)  請求原因(八)について

その主張を争う。

第四被告の抗弁

(一)  仮に原告が代物弁済契約によって訴外西村利一郎から本件建物の譲渡を受けたとしても、右西村利一郎は昭和二五年二月一七日死亡し、被告は昭和二五年一二月一九日頃同訴外人の相続人である妻西村クニエ、子西村芳郎、同西村高明、同西村力弥の代理人である訴外西村助三郎、同じく西村力弥から、本件建物を代金三五万円で買受け、右代金中二〇万円をその頃支払い、昭和二六年三月三〇日金一三万円を支払い、残金二万円は立退料名義で決済し、本件建物の所有権の譲渡を受けたものであって、本件建物について有効な取引関係にたつものである。しかるに原告は、自己の所有権取得につき有効な登記を経ていないから、その所有権を以て原告に対抗することができない筈であり、原告の所有権を否認する。

(二)  仮に原告が訴外伊原弘との間で、本件建物を売買する旨の契約をしたとしても、右契約は、虚偽表示によるものであるから無効である。前に述べた事情によると、原告主張の売買契約は仮装のものであるとしか考えられない。

(三)  仮に原告主張のように、被告の行為が不法行為を構成し、原告に損害が生じているとしても、原告はその当時において損害および加害者を知りながら、三年間以上損害賠償請求権を行使しなかったから、本訴提起の日である昭和三三年一二月二五日以前において、原告の権利は時効により消滅している。

(イ)  請求原因(二)の請求権について

原告は、その主張に照らし、昭和二六年四月一日に、その所有する各物件の損害及び加害者たる者を知っていたというべきであるから、その翌日である同月二日から三年を経過した昭和二九年四月一日をもって、時効が完成している。

(ロ)  請求原因(四)の請求権について

原告が訴外伊原弘に対して金一〇〇万円の債務を負担せざるを得ないことを知ったのは、遅くとも右訴外人に対し所有権移転登記手続をなすべく予定されていた昭和二六年一二月五日であるから、その翌日である同月六日から三年を経過した昭和二九年一二月五日をもって時効が完成している。

仮にしからずとするも、右仮処分決定は、大阪地方裁判所昭和二八年(モ)第一一六七号異議事件において取消され、同判決は昭和三〇年二月一五日ごろ確定したから、遅くともそのとき、原告は、被告の行為が不法行為を構成することを知った筈であり、その翌日である同月一六日ごろから三年を経過した昭和三三年二月一五日ごろをもって、時効が完成している。

(ハ)  請求原因(五)の請求権について

原告は訴外青野卯一郎と売買契約を締結した昭和三〇年六月二三日当時、当然に被告のなした仮処分申請行為や仮処分決定に基づく登記手続が不法行為を構成すること及びその損害を知ったものであるから、その翌日である同月二四日から三年を経過した昭和三三年六月二三日をもって、時効が完成している。

(ニ)  請求原因(六)の請求権について

原告は、その主張に照らし、本件建物の奪取時の翌日である昭和二六年四月二日以来、昭和三一年九月末日までの間、加害者及び損害の発生を知っていたものである。従って、昭和二九年四月一日を以て時効が完成しており、仮にそうでないとしても、本訴提起の前日である昭和三三年一二月二四日から三年をさかのぼった昭和三〇年一二月二五日より前に発生した損害賠償請求権については、その発生したときから満三年を経過した時点において時効が完成している。

(ホ)  請求原因(七)の請求権について

原告が、五端弁護士に対して昭和三〇年六月二五日支払った金三万円、及び同年九月五日支払った金三万円についての損害賠償請求権は、それぞれその翌日である同年六月二六日及び同年九月六日から三年を経過した昭和三三年六月二五日及び同年九月五日をもって、また、堀弁護士に対して昭和二六年七月一七日支払った金一万円についての損害賠償請求権は、その翌日である同月一八日から三年を経過した昭和二九年七月一七日をもって、いずれも時効が完成している。

第五被告の抗弁に対する原告の答弁

(一)  抗弁(一)について

被告が本件建物の所有権を訴外西村利一郎の相続人から買受けたことは否認する。被告が本件建物の所有権を取得したことのないことは、各訴訟事件の判決においてすでに明らかにされているところである。

(二)  抗弁(二)について

虚偽表示であることは否認する。

(三)  抗弁(三)について

全部争う。不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、被害者が損害の発生及び加害者が何人であるかを知るのみならず、当該行為が法律上不法行為を構成することを知ったときより進行するものと解すべきであるところ、原告が被告の本件各行為が不法行為を構成することを知ったのは、本案訴訟の控訴事件である大阪高等裁判所昭和二九年(ネ)第一〇一号事件で原告勝訴の判決があり、その判決が確定した昭和三三年九月一八日のことである。即ち、同判決によって、最終的に被告が本件建物について所有権を取得したことのないことが明らかにされたものであり、そのとき初めて原告は、被告の一連の行為が、虚構の所有権主張に由来するものであり、法律上不法行為を構成するものであることを知ったのである。従って、同判決の確定したときから本訴提起までに三年を経過していないのであるから、被告の抗弁は理由がない。

なお、(ロ)後段の主張、即ち、消滅時効の起算点を大阪地方裁判所昭和二八年(モ)第一一六七号異議事件の判決が確定した日の翌日である昭和三〇年二月一六日ごろとする主張は、被告の故意もしくは重大な過失による時機に後れた攻撃防禦方法であり、本件訴訟の完結を遅延せしめるものであるから却下されるべきである。

(四)  なお、本件建物の階上全部をかつて訴外増井カ子ヲが占有していたこと、原告が同人に対し明渡請求の訴訟をしたことは事実であるが、同人は昭和二五年一二月二九日頃退去したので、その後は原告において本件建物を占有していたところ、前記のように、昭和二六年四月一日以降被告に占有を奪取されたものである。

第六原告の再抗弁

抗弁(一)について

仮に、被告が主張するように、被告が訴外西村利一郎の相続人から本件建物を買受けた事実があったとしても、原告は大阪法務局昭和二五年三月二四日受付第三〇八五号をもって同年同月二〇日付売買を登記原因として本件建物について訴外西村利一郎から原告へ所有権移転登記手続を完了しているから、原告は被告に対し本件建物の所有者たることを主張し得る。もっとも、右訴外人は登記の以前である同年二月一七日死亡しており、登記原因の記載も実際と異なるが、これは死亡前に同訴外人および原告が訴外奥清十郎に対し、登記申請に必要な書類を交付してその申請手続を委任しておいたところ、右西村利一郎の死亡後に右奥清十郎が便宜登記原因を売買と掲げて登記申請をしたことによるものであり、結果において物権変動の結果と一致しているから、右登記は有効である。仮にそうでないとしても、不法行為者たる被告に対しては、登記なくして原告が本件建物の所有者たることを主張し得る。

第七原告の再抗弁に対する被告の答弁

原告主張のような登記のあることは認めるが、訴外奥清十郎が原告主張のような代理権を授与されていたことは否認する。仮にそのような代理権を授与されていたとしても、右登記手続の際に同訴外人が死亡していた以上代理法理の入る余地はなく、本件の登記は無効のものである。

第八証拠≪省略≫

理由

第一原告請求原因(一)の事実について

一、本件建物が、昭和二四年一二月二二日当時、原告の実兄である訴外西村利一郎の所有するところであったことは、当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫によると、原告は、昭和二四年一二月二二日、それまでに訴外西村利一郎に対し、数回にわたって金員を貸し付け合計金九五万円の貸金債権を有していたので、同日その貸金の弁済に代えて、同訴外人より本件建物の所有権の譲渡を受けたことが認められ、右認定を覆すにたりる証拠はない。

三、次に、被告は、本件建物は、訴外西村利一郎が昭和二五年二月一七日死亡したため、その相続人である訴外西村クニエほか三名に相続され、同相続人等の代理人である訴外西村助三郎、同じく西村力弥との間で、昭和二五年一二月一九日、本件建物の売買契約を締結し、その所有権を取得した旨主張し、訴外西村利一郎が昭和二五年二月一七日死亡したことは、当事者間に争いがないが、≪証拠省略≫のうち、被告の買受の主張にそう各部分は、後に述べる各証拠に照らしてこれをたやすく採用することができず、他に被告の右主張を認めるにたりる証拠はない。

却って、≪証拠省略≫を綜合すると、被告が前記西村利一郎の相続人等から本件建物を買受けたというような事実はなく、被告はただ昭和二五年一二月一九日本件建物の二階に居住していた増井カ子ヲなる女(増田カ子ヲ、植田カ子ヲ、カネヲ、カネ子ともいう)を通じ、前記西村利一郎の相続人の一人であった訴外西村力弥より、本件建物の北側に所在する一七一坪(五六五・二八平方米)の土地の賃借権(もともとこの土地は本件建物の敷地の一部であったもので、土地賃借権も建物所有者である右西村利一郎が有していた)を買受け、その代金として金一〇万円を支払った他、同日頃右増井カ子ヲに対して金一〇万円ならびに金二万円の二口の金員貸付をなし、更に昭和二六年三月三〇日頃被告が右賃借権の譲渡を受けた土地上に公衆浴場を建設する際に本件建物の庇等を切り取って損傷したことに対する弁償金として、原告の兄にあたる訴外西村助三郎に対し金一三万円を支払ったことがあったにすぎないことが認められる。よって被告の本件建物買受の主張は失当である。

四、≪証拠省略≫を総合すると、原告は、昭和二六年一〇月五日、訴外伊原弘に対し金二八五万円で本件建物を売渡したが、同年一二月五日、同人との間で右契約を合意解除し、次いで昭和三〇年六月二三日、訴外青野卯一郎に対し本件建物を金一六五万円で売渡したことが認められ、右認定に反する証拠はない。被告は原告と伊原弘間の売買契約は虚偽表示によるもので無効であると主張するが、この主張を認めるにたりる証拠はない。

第二請求原因(二)の損害賠償の主張について

一、≪証拠省略≫を総合すると次のとおり認められる。原告の実兄である西村助三郎は、原告の承諾の下に、昭和二六年三月ごろ本件建物一階の一室に前記西村力弥を常時、その兄である訴外西村芳郎を時折寝泊りさせ、同月下旬大工を入れて建物の改装を行なおうとしたところ、被告は本件建物を右西村力弥から買受けたと称し、その所有権の帰属に関する紛争の処理を大阪弁護士会所属弁護士訴外佐野実に依頼したところ、同弁護士は、何ら債務名義を得ることなく本件建物の階下数室の占有を奪取しようと企て、その父親で日頃強制執行の立会などを行なっている訴外佐野実蔵および人夫数名を伴い、同年四月一日偶々前記西村力弥、西村芳郎が留守にしていた本件建物に至り(被告が同行していたとは認められない)、別紙第二目録記載のような物件およびふとん、大工道具等の動産類を、西村力弥の居住していた一室より廊下附近に持ち出して放置したうえ、佐野実蔵において、「本件家屋は買収済み並に引渡済みにつき何人も許可無く立入を禁ず岡本留吉代理人弁護士佐野実」と記載した掲示板を建物の表入口および裏入口に打ちつけ、また「岡本留吉」と記載した表札を表出入口あるいは階下の数室の入口に取付けた。後刻、本件建物に戻ってきた西村力弥、西村芳郎は、その場で同人等に抗議したが、聞き入れられないため、その場の収拾を断念してその経緯を前記西村助三郎に報告した。西村助三郎は、翌二日、西村力弥、訴外林松太郎を伴って本件建物に赴いたが、立入を拒否せられ、警察に訴えるなどの紛議が続いた後、同月八日、西村力弥、西村芳郎及び訴外今井忠五郎を伴い本件建物に赴いた際には、西村助三郎、今井忠五郎両名は佐野弁護士等に暴行を受け負傷する事態となって、その場から逃げ帰った。そして廊下附近に持ち出されて放置された別紙第二目録記載の物件はいずれかへ持ち去られ、同月八日頃には附近に見当らないようになった(右物件が処分されたものか盗取されたものか、何人の所為によるものか等は明らかでない)。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

二、ところで、本件建物に対する不法な侵入ないし物件の搬出、放置等が行なわれた際、被告がその場に居合せもしくは実行々為に関与したと認めるに足りないこと前認定の如くであるので、被告に対し責任を問い得るためには、右違法な行為について被告が佐野弁護士等に指示を与えもしくは同弁護士等と共謀していた旨の証拠を要するところ、この点に関する≪証拠省略≫は、≪証拠省略≫に対比し、また一般に、法律上の紛争につき弁護士がその委任事務を処理する場合、原則として委任者から個々的な指示監督を受けず相当広範囲の裁量をもってその適当と認める方法をとるのが通例であることに鑑み、直ちに信用することができず、≪証拠省略≫によっても指示、共謀の点を確認し難く、他にこれを認めるに足る適切な証拠がない。そうだとすると、別紙第二目録記載の物件の所有者、その価額等の点について判断するまでもなく、原告の損害賠償の主張は理由がない。

三、仮に右違法な行為につき被告と佐野弁護士等との間に共謀があり、別紙第二目録記載の物件の所有者、価額が原告主張のとおりで、その侵奪ないし紛失について被告が責を負うべきであるとしても、前認定のように右物件は昭和二六年四月八日頃回収が不能に帰したと認められるところ、前認定のような経過および原告本人尋問の結果(その一部は信用できない)によると、原告はおそくとも同年四月中旬頃右物件が回収不能となったことを知ったと認められ、その時より本訴提起時である昭和三三年一二月二五日までに不法行為の消滅時効期間である三年間が経過しているから、この点よりみても原告の主張は理由がない(後記のように「損害及ヒ加害者ヲ知ル」とは具体的な侵害および行為者を知るのみならずその行為の違法性をも認識することを指すものと解すべきであるけれども、本件の不法侵入、物件の搬出、放置等の違法性は、一見して明らかであり、原告はその当時において損害及び加害者を知ったものと認むべきである)。

第三請原求因(三)の不当利得返還請求について

一、まず本件建物の従前からの使用、占有の状況につき検討するに、≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

(一)  本件建物は、もと訴外日本電気工事株式会社の所有であったが、これを前記西村利一郎が昭和二三年一〇月二九日競落許可決定を受け同年一二月三〇日所有権移転登記を経由したものである。右訴外会社の代表取締役であった訴外小山信明はこれより前個人として増井カ子ヲより金六万円位を借り受けていたので、その代償の意味合を以て昭和二三年の秋頃同女に本件建物の二階に居住することを黙認し、同女は二階でダンスのレッスン場を営んだ。また右小山信明は昭和二三年一一月頃訴外大原捨次郎に対し階下二室の居住を認め、時期は不明であるが訴外岡倉正見に対し階下一室を賃貸し、また別に藤井某が階下の一室に居住していた。

(二)  右西村利一郎は、本件建物の所有者となってから、右各居住者を被告として右各占有部分の明渡しを求めて訴を提起した(大阪地方裁判所昭和二四年(ワ)第二七四号事件)が、原告は右訴訟が同裁判所に係属中本件建物の所有者となったので、昭和二六年六月四日、右事件について当事者参加をした。

(三)  西村利一郎は、本件建物の所有者であったとき、自らそれに居住することなく、また代理人をしてその管理をさせたこともなかったが、原告はその所有者となってから、前示のとおり、昭和二六年三月ごろ一階の一室に西村力弥等を居住させたが、同年四月一日から八日までの間の紛争によって、同人等を居住させることを断念した。佐野弁護士は前記のようにして、本件建物階下の数室の占有を奪取すると共に、自己の関係する会社の社員である訴外片桐冬次郎を階下の一室に居住させ、同人は昭和二八年秋頃までその一室に居住した(同人が如何なる事情のもとに退去したかは分明でない)。前記岡倉正見は昭和二七年始頃まで本件建物の階下の一室に居住していたが、被告より金一万円の立退料を受け取って退去した(大原捨次郎、藤井某の退去の時期は明らかでない)。

(四)  前記増井カ子ヲは佐野弁護士等の前示の建物階下への不法な侵入、階下数室の不法な占有があった後も従前どおり本件建物の二階に居住し(同女は前記の明渡訴訟((大阪地方裁判所昭和二四年(ワ)第二七四号事件))について佐野弁護士を自己の代理人に選任しており、被告が佐野弁護士に事件を依頼したのは増井の紹介によるものであったから、本件建物の占有をめぐって増井と被告との間に対立はなかった)、自己の親戚である訴外泉一雄より金二万五、〇〇〇円を受取り、本件建物の裏側に接着してバラックを建築して居住することを認め(賃料は受取らず)、また昭和二八年初めごろ、それまで本件建物の二階で行っていたダンスレッスン場の経営に行きづまった結果、右泉一雄の助言により二階に改造を加えて八室位に区切ったうえ各室を賃貸することにし、周旋業者を通じて入居者を募集し、同年五月ごろには、本件建物を訴外大沢万次郎他一一名位に賃貸して賃料を自ら取得した。そしてそのころ、奈良県蔓蒲ヶ池に転住し、毎月賃料集金のため本件建物をおとずれていたが、同年一〇月ごろ、同人が賃借人のオーバーコートを無断で持ち出したことから、賃借人等との間が不和となり、また前記西村助三郎が訪れて本件建物は原告の所有であると主張し、また増井カ子ヲの債権者である訴外稲垣桂子が訪れて賃料債権が担保に入っているとして自分に賃料を支払うよう求めたりするので、賃借人等はその賃料を増井カ子ヲに手渡すことを拒否し、賃借人の一人である前記大沢万次郎において一括集金しておくことにしたが、その集金された金銭がその後どのように処理されたかは不明である。そして居住者には相当変動があり、昭和三〇年四月頃には二階には訴外和田林繁好外六名が、一階には訴外中野盛次外一名が居住していた。

(五)  ところで、前述の大阪地方裁判所昭和二四年(ワ)第二七四号事件中、増井カ子ヲに対する明渡請求は原告の勝訴となり、増井カ子ヲは大阪高等裁判所に控訴した(同裁判所昭和二七年(ネ)第一二六号事件)が、昭和二九年一二月七日、控訴棄却の判決が言渡され、その判決はその頃確定した。そこで原告は右判決に承継執行文を得て、本件建物の二階に居住する者に対し明渡しの強制執行をした。そして建物階下に一人残留していた前記中野盛次も原告から立退料名義で金一万五、〇〇〇円を受領して昭和三〇年七月五日ごろまでに本件建物の二階から退去し、原告は完全に本件建物の占有を取得し、同年九月頃訴外青野卯一郎に対し前記認定の売買に基き本件建物の引渡をした。

以上のとおり認められ(る。)≪証拠判断省略≫

二、≪証拠省略≫中、訴外大沢万次郎が被告のため本件建物の賃借人の賃料を集金していた趣旨の供述部分は、≪証拠省略≫および前認定のような本件建物の使用、利用の経過に対比して、これをたやすく信用することができないし、他にその事実を認めるに足る証拠はない。してみると、被告が本件建物の二階を自ら使用していた事実は全くなかったと謂わなければならないし、また二階各室の賃貸により収益を挙げていたとの事実も認められないことに帰する。

三、さきに判断したように、本件建物階下への不法な侵入行為ないし建物の占有侵奪の行為自体について被告が共謀していたと認むべき証拠は十分でない。しかしながら、佐野弁護士等は被告のためにする意思を以て右行為を行なったことはその行為の態様自体よりして明らかであり、≪証拠省略≫によれば、被告は直ちに右事実を知悉したと認められるところ(これと相反するが如き被告本人尋問の結果((第一、二回))は信用できない)、≪証拠省略≫を総合すると、被告は本件建物の敷地に北接する土地上に、昭和二六年四月当時、公衆浴場を建築中であった(なお昭和二七年二月には家族とともに右浴場建物に引き移り、昭和三八年一二月頃まで同所に居住した)にもかかわらず、前記の被告名義の表札を取り外したり西村力弥、西村助三郎の立入を認めたりする等の行為をせず、かえって昭和二六年五月四日前記佐野弁護士に委任して原告を相手どり本件建物について所有権移転登記手続を求める訴を提起し、原告(当該事件では被告)よりの反訴である建物明渡の請求に対しても建物の占有を明らかには争わなかったことが認められ、更に前認定の如く、階下の一室に居住していた岡倉正見が退去する際には自ら金一万円を立退料として支払っているから、これらの事実を勘案すると、被告は前記の佐野弁護士等が被告のためにした行為を容認し、少くとも被告名義の表札がとりつけられた階下数室については佐野弁護士より占有を取得し、岡倉正見の居住していた一室についても昭和二七年始頃同人より占有を承継したものと推認できるところである。これと相反する趣旨の被告本人尋問の結果(第一、二回)は信用できず、また≪証拠省略≫によれば、被告はその後右訴訟について右佐野弁護士を解任し訴外中元兼一弁護士を選任した事実が認められるが、この事実を以てしては右認定を左右するに足らず、他に右認定を覆すに足る証拠はない(但しその占有の終期は明らかでなく、原告が本件建物を訴外青野卯一郎に売渡した当時においては建物階下には訴外中野盛次一人が残留するのみであって原告より立退料を受け取って退去したことは前認定のとおりであり、原告が階下部分の明渡についてその頃債務名義を得た事実も認められないから、その頃には被告の占有は消滅していたかの如く窺われる)。しかしながら、右のとおり被告の占有は認められるとはいえ、物の占有と物の占有による利得とは区別さるべきであって、利得があるというためには、その物を事実上支配するのみでは足りず、その物を財産的価値あるものとして使用し、あるいは他人をして使用せしめて収益を得る等して、その物により一般通念上経済的な利益と認めるに足るものを取得することを必要とするものと解すべきである(占有権そのものが本権と同じく一の利得として返還の対象となるべきは別論である)。しかるところ、本件建物の階下を被告自ら使用しもしくは他人をして使用せしめて利益を得た旨の≪証拠省略≫は≪証拠省略≫に対比してたやすく信用し難く他にそのような事実を認めるに足る証拠はない。むしろ右反証に供した各証拠によると、被告は階下の各部屋を自ら使用せず、また他人をして使用せしめて対価を得ることもせず、空室のままの状態で相当期間これを放置していたものと認めることができ、このような態様における建物の支配は法律上の利得というに足りないものと謂わければならない。もっとも≪証拠省略≫によると、被告は前記公衆浴場建築の頃本件建物の一階玄関の部分をセメント等の建築材料の置場として使用したことが認められないではないが、置場に使用した面積、期間等が明らかでなく、これによる被告の利得(更にはこれに対応すべき原告の損失)も到底具体的に判断することができない。

四、右のように、本件建物によって被告が利得を得た事実が認められないので、原告の損失の点について判断するまでもなく、原告の不当利得返還の主張は理由がない。なお原告は、被告は悪意の受益者であるとして原告の損失を民法第七〇四条に基づき賠償すべきことを主張するが、同条は、受益者が悪意である場合には、その利得と損失との間に因果の関係ある限り、利得を上まわる損失をも賠償すべき旨定めたにとどまるものであって、利得が全くない場合においても損失を賠償すべき旨定めたものではないから、原告の請求を容れるに由ない。

第四請求原因(四)の損害賠償請求について

一、被告が原告に対し、昭和二六年一一月一二日本件建物につき処分禁止の仮処分命令を申請し、同月一六日大阪地方裁判所同年(ヨ)第一四七四号不動産仮処分申請事件において、申請認容の決定がなされ、この決定に基づき同月二二日大阪法務局受付第二〇一八八号を以て処分禁止の仮処分登記手続がなされたこと、原告が右仮処分決定に対し異議の申立をし、大阪地方裁判所昭和二八年(モ)第一一六七号異議事件において原告が勝訴したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、右異議事件の判決は昭和三〇年三月三日確定し、右仮処分登記は同年同月一七日付解放を原因として同年同月七日抹消登記されたことが認められる。

二、原告が昭和二六年一〇月五日訴外伊原弘に対し本件建物を金二八五万円で売渡したこと、同年一二月五日右契約を合意解除したことは前認定のとおりであり、≪証拠省略≫によると、原告は右売渡の際、手附金として金一〇〇万円を受領し(但し原告は訴外伊原弘より従前金八五万円を借り受けていたので、これを相殺し、現実には金一五万円の交付を受けた)、手附金を差引いた金一八五万円は同年一二月五日所有権移転登記手続を完了すると同時に支払を受くべく、買主である訴外伊原弘が違約した場合は手附金を没収し、売主である原告が違約した場合は手附金戻倍をする旨約したこと、残代金支払および登記の日と定められた同年一二月五日、原告代理人西村助三郎及び伊原弘の使用人である田中某が大阪法務局に赴いたところ、同局係員から本件建物につき処分禁止の仮処分登記のなされていることを注意され、登記申請手続を中止し、この旨右伊原弘に報告したところ、同人は右仮処分登記の存するままでは完全な所有名義を取得することができないとして、同日西村助三郎に対し売買契約の解除を申入れると共に、売主違約の場合に当るとして、手附金倍戻の約定に従い金二〇〇万円の支払を求めたので、西村助三郎は売買契約の解除に応じ、且つ金二〇〇万円の支払を承諾したこと、但し右金二〇〇万円の支払については本件訴訟の解決するまでこれを猶予されていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

三、ところで、処分禁止の仮処分登記はいうまでもなく相対的な効力しかないから、原告が伊原弘に対し所有権移転登記手続を実行することは可能であったわけであり、その限りにおいて履行不能を生じることはなかったのであるが、しかし、仮処分権利者たる被告が後に本案の勝訴判決を得て自らに所有権移転登記手続を経由しようとすると、原告と伊原弘との間の所有権移転登記は抹消されるべき運命にあるから、右仮処分登記を抹消しない限りは、伊原弘に対し完全な所有名義を得させたことにならないわけである。しかしながら、前記の各証拠によれば、契約締結時においては、第三者の申請により右のような仮処分登記が経由されるというような事態は当事者の念頭になく、かかる場合について格別の約定をせず、通常一般の事例に従い、手附金倍戻を約した(即ち売主において違約する場合は手附金一〇〇万円を返還すると共に同額の違約金を支払わなければならないが、同時に売主は買主が履行に着手するまでは、手附金倍戻をして任意契約を解除し得る旨約した)にすぎないことが認められると共に、後に判断するように、右仮処分登記は、原告の主張する如く、もっぱら被告の違法な仮処分申請に由来するもので、原告の責に帰すべき事由によるものでなかったから、前記の売買契約条項にいわゆる売主違約の場合の中には、本件のような仮処分登記の経由を含んでおらなかったものと認めるのが相当である。そうだとすると原告が将来仮処分登記を抹消する措置をとり、伊原に完全な所有名義を得させる義務を負うは格別、前記の約定に基いて直ちに違約金債務が発生することはなかったと謂わなければならず、また本件のような場合に売主が違約金債務の負担を承諾するのが通常一般の事例であるとも認め得られない。従って、原告の違約金債務金一〇〇万円の負担なる損害は、特別の合意により発生したもので、被告の不法行為とは相当因果関係がないものと解される。

四、仮に原告と訴外伊原弘間の違約金の約定の趣旨が、本件のような仮処分登記経由の場合にも違約金債務を発生させる趣旨であったとしても、かかる損害は特別の事情に基く損害と解せられるところ、被告がかかる損害を予見しまたは予見することができたと認めるにたりる証拠がないから、原告は右損害の賠償を求め得ないと謂うべきである。

五、よってこの点に関する原告の損害賠償の主張は、被告の時効の抗弁について判断するまでもなく理由がない。

第五請求原因(五)の損害賠償の主張について

一、原告が本件建物を昭和二六年一〇月五日訴外伊原弘に対し売渡した際その代金は金二八五万円であったこと及び昭和三〇年六月二三日訴外青野卯一郎に売渡した際その代金は金一六五万円であったことは前認定のとおりである。

二、原告はまず、右代金額をその主張の各時期における時価とみてその下落は被告の不法行為に起因するものであり、その差額を以て損害と主張しているようであるけれども、建物の代金額の如きは売主買主の主観的事情その他の偶然の事情によってもかなり左右されるから、右各代金額を以て直ちに右時期における本件建物の時価と認めることは困難である。仮に昭和三〇年六月当時本件建物について相当な時価の下落が生じていたとしても、≪証拠省略≫を綜合すると、昭和三〇年六月当時の買主である訴外青野卯一郎の代理人であった訴外長谷川善四郎は、処分禁止の仮処分登記が同年四月七日に抹消されたことを確認し、また本件建物を空家として受渡をする条件のもとに買受けたことが認められ、右認定に反する証拠はないから、処分禁止の仮処分登記の存在あるいは被告の占有自体が本件建物の代金額ないしは昭和三〇年六月当時の時価に影響を与えているのでないことが明らかである。また原告は、被告が本件建物の価値を下落させるような作為を加えたように主張するけれども、右主張に照応する≪証拠省略≫は被告本人尋問の結果(第一回)および前認定のような本件建物の使用、利用の経過に対比してたやすく信用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。もっとも被告が階下数室を相当期間占有していたと認むべきこと前認定のとおりであり、これによる建物の摩耗は通常の摩耗に比し程度が甚だしいということは言い得るかも知れないが、これによる建物価額の低下は到底具体的に判断することができない(なおこの損害と原告が本件建物の使用収益を妨げられたことによる賃料相当の損害とは区別さるべきである)。

三、次に原告の主張は、昭和三〇年六月当時における建物の時価を建物の価額騰貴の点を考慮して少なくとも金二八五万円(昭和二六年一〇月当時の売買代価と同額)と見、現実に売却した代金額一六五万円との差額を損害として請求しているものとも解せられないではないが、まず昭和二六年一〇月当時における建物時価をたやすく金二八五万円と認め得ないこと前説示のとおりである以上、建物の価額騰貴の事実があったとしても、昭和三〇年六月当時の時価を直ちに金二八五万円と評価することはできない理である。他に昭和三〇年六月当時の時価を右金額と認定するに足る証拠はない。なお一般的な建物の価額の騰貴は当裁判所に顕著であるけれども、≪証拠省略≫および前記第三の一に認定した本件建物の使用、利用の経過に照らすと、本件建物は戦後間もなく建築された粗雑な建物で管理も行き届かず朽廃が著しかった(訴外青野卯一郎は建物を取毀って敷地を更地とする目的で買受け、その後現実に取毀ちをした)ことが認められ、本件建物の昭和三〇年六月当時の時価が、必ず昭和二六年一〇月当時の時価を上まわっていたとも断定し難いところである。しかも昭和三〇年六月当時の本件建物の売買に際し、被告がその代金額の決定を左右するに足る行為をしたと認めるべき証拠もない。

四、また原告の主張は、本件建物を時価以上に処分し得たのに被告の行為によってその処分が妨げられ、あるいは時価相当で処分し得たのに被告の行為によってより低額に処分せざるを得ず、その差額に相当する損害を蒙ったとの趣旨にも理解される。しかし、原告が伊原弘との間の売買の解除により損害を蒙ったとしても、その損害を被告において予見しもしくは予見し得べかりしことを認めるに足る証拠がない。また原告と訴外青野卯一郎との売買契約に際し、被告がその代金額の決定に影響を与えたと認め得ないこと前説示のとおりである。更にいずれにせよ、損害の算定には時価を基準とし、これと現実売買額との差額を求めるべきであるところ、この時価を判定すべき適切な証拠がない。

五、以上のとおりであるから、被告の時効の抗弁について判断するまでもなく、この点の損害賠償の請求も理由がない。

第六請求原因(六)の損害賠償請求について

一、≪証拠省略≫を綜合すると、原告は昭和二六年二月当時訴外協同化学石鹸株式会社に勤務し、月金八、〇〇〇円位の給料を得ていたが、その頃右会社を退職したこと及び昭和三一年九月頃まで給料を得る仕事に就かず神経衰弱にかかっていたもののように認められ、右認定に反する証拠はない(但し≪証拠省略≫によれば、原告は右期間中、別件である増井カ子ヲに対する明渡訴訟の法廷において本件建物の取得経過その他について明確詳細な供述をしていることが認められ、その症状は強度のものであったとは認められない)。

二、しかしながら、仮に右神経衰弱が原告主張のような被告の不法行為に起因するものであり、その結果原告主張のような物的、精神的損害を蒙ったとしても、そのような損害は、特別の事情に基く損害と謂うほかないところ、被告においてこれを予見しもしくは予見し得べかりしことを認めるに足る証拠はないから、原告はその損害の賠償を求めることができない。よって被告の時効の抗弁について判断するまでもなく原告のこの点の損害賠償の主張も理由がない。

第七請求原因(七)の損害賠償請求について

一、被告が昭和二六年一一月一二日原告を被申請人として大阪地方裁判所に対し処分禁止の仮処分を申請し(大阪地方裁判所昭和二六年(ヨ)第一四七四号不動産仮処分申請事件)、同月一六日、被告申請の趣旨どおりの仮処分決定を得て、同月二二日仮処分登記を経由したこと、これに応じて原告は弁護士五端栄治郎に委任して、右決定に対する異議を申立て(同裁判所昭和二八年(モ)第一一六七号異議事件)、原告の異議が認められて昭和三〇年二月一一日右決定を取消す旨判決が言渡されその判決が確定したこと(但し、判決確定日は、先に認定したとおり昭和三〇年三月三日と認められる)、被告が原告に対し本件建物の所有権移転登記手続を求める訴を提起し(同裁判所昭和二六年(ワ)第一一二一号所有権移転登記手続請求事件)、原告は弁護士五端栄治郎に委任してこれに応訴すると共に本件建物の所有権確認ならびにその明渡しを求める反訴を提起し、昭和二八年一二月七日、本件原告勝訴の判決があったが、被告が控訴したため、原告は同弁護士及び弁護士家藤信吉に委任して訴訟を遂行し、その控訴審(大阪高等裁判所昭和二九年(ネ)第一〇一号事件)において、昭和三三年八月二九日控訴棄却の判決があり、同年九月一八日同判決は確定したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、原告は本件建物に対する前記の不法侵入等の事実について被告及び弁護士佐野実等の処罰を求めるため、弁護士堀正一に委任して昭和二六年七月頃大阪地方検察庁に告訴し、同弁護士をしてその処理に当らせたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二、≪証拠省略≫及び前記各訴訟事件の経過を総合すれば、原告は、五端弁護士に対し、右仮処分異議事件及び本案事件(反訴事件に対する報酬金(一括)として、昭和三〇年六月二五日金三万円を、右本案事件(反訴事件)に対する報酬金として同年九月五日同じく金三万円を、それぞれ支払い、家藤弁護士に対し、右本案事件(反訴事件)の控訴審に対する報酬金として、昭和三三年九月一〇日金六万円を支払い、堀弁護士に対し、昭和二六年七月一七日、右告訴事件の処理につき報酬金として金一万円をそれぞれ支払ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

三、ところで、現行法制のもとでは、私人が裁判所に訴を提起して自己に有利な裁判を求めることはその権利として許されているところであって、自己が敗訴したからといって直ちにその訴訟が不法行為となるものではないが、しかし、当初から自己に何らの権利もないことを知り、あるいは通常の注意を払えば当然に自己に権利のないことを知り得るのに、敢て訴を提起し、徒らに抗争する行為は、訴える権利の乱用として違法であることを免れず、不法行為を構成すること謂うまでもない。

これを本件についてみるに、被告が本件建物を買受けた事実のないことはさきに認定したとおりであるが、更に被告が本件建物を買受けたと誤信する余地があったかどうかについて検討するに、≪証拠省略≫を総合すると、本件建物の敷地はもともと八〇四・六二平方米(二四三坪三合)あり、そのうち本件建物の北側に所在する五六五・二八平方米(一七一坪)の部分は空地のようになっていたこと、右八〇四・六二平方米(二四三坪三合)の土地の賃借権は本件建物の所有者であった訴外西村利一郎の有するところであったが、前記のように同人は昭和二五年二月一七日死亡したこと、被告は昭和二六年一二月ごろ、公衆浴場営業の許可を受けていた増井カ子ヲからその許可の権利を譲受け、風呂屋を開業しようとしたが、右の空地のようになっている五六五・二八平方米(一七一坪)の土地を実地に見分したうえ、その土地の賃借権の譲受を希望し、右増井カ子ヲを介して西村助三郎、西村力弥に交渉し、西村助三郎において地主である訴外青野卯一郎の承諾を得、右青野の代理人であった訴外長谷川善四郎立会の上、本件建物より一尺五寸の幅を置いて土地を実測し(その結果が前記のとおり一七一坪であった)、同月一九日被告は増井カ子ヲを介して前記西村利一郎の相続人であった西村力弥より右土地の賃借権の譲渡を受け、その代金として金一〇万円を支払い、別にその頃右増井カ子ヲに対し金一〇万円と金二万円の二口の貸付をしたこと(増井より西村力弥に更に貸与された)、その後被告は右賃借権の譲渡を受けた土地上に風呂屋を建築したが、その建物を本件建物に接近しすぎて建築して消防署より注意せられ、本件建物の庇等を切りとったので、昭和二六年三月三〇日頃原告の兄である西村助三郎に対し弁償金として金一三万円を支払ったこと、ほかに被告より原告に対し金員が交付された事実はないことを認めることができる。≪証拠判断省略≫そうだとすると、被告が本件建物を原告より買受けたと誤信する余地もなかったと謂わなければならない。そうしてみると、被告は自己が原告より本件建物を買受けた事実のないことを知りながら、前記の金員の授受に藉口し、本件建物を買受けたと強弁して、前記各争訟を提起したものと推認し得られ、その不当抗争性は明らかであると謂わなければならない。被告は処分禁止の仮処分の申請は、弁護士の意見に従ったにすぎない旨主張するが、弁護士は依頼者の陳述と主張に従い最も適当と認める法的手段を助言するにすぎず、被告が申請の基礎となるべき事実につき真実に反する陳述をし当該事件を委任した以上、その責任を免れないこと明らかである。

四、そして原告は右不法行為による損害として弁護士費用を主張するところ、一般に民事の争訟を遂行するためにはかなり高度の法的知識を必要とし、弁護士に事件を委任するのが通常の事例であるのみならず、本件においても事案の内容にかんがみ原告が弁護士に本件各事件を委任することは自己の権利の擁護上やむを得ないところであったと認められ、その報酬も相当な額であると認められるから、原告が五端、家藤両弁護士に支払った報酬金合計金一二万円は、すべて被告の不法行為により蒙った損害であると認むべきである。

五、しかしながら、一般に刑事事件について被害者が加害者を告訴するについては格別の法的知識を必要とせず、弁護士に委任して告訴することが通常一般の事例であるとも考えられないから、刑事の告訴事件について依頼者が弁護士に支払った報酬金は、特別の場合を除き、加害者の不法行為と相当因果関係のない損害であると解すべきである。本件においても特別の事情として認めるに足るものがないから、原告が刑事事件の告訴に際し堀弁護士に報酬金として支払った金一万円は被告の不法行為と相当因果関係のある損害とは認められない(よってこの金一万円の損害賠償の主張は被告の時効の抗弁について判断するまでもなく理由がない)。

六、しかるところ、被告は、右弁護士報酬なる損害について消滅時効を援用するのでこの点につき検討するに、原告が五端弁護士に対して各三万円を支払ったのは前記のように昭和三〇年六月二五日および同年九月五日であり、本訴の提起時は記録に照らし昭和三三年一二月二五日であるから、右各金員については、その支払期より本訴提起までに三年以上を経過していることが明らかである。

ところで、原告が何時損害及び加害者を知ったかについて争があるのでこの点について考えるに、一般に損害及び加害者を知るとは、時効なるものが権利の上に眠る者に対し救済を拒否する法的制度であることにかんがみ、侵害および行為者を単純な事実として知るのみならず、その行為が違法であることを認識することを指すものと解すべきであるが、しかしさればとてその違法が公権的判断を以て確認されたことを知ることまでのことを要しないこと謂うまでもなく、概していえば、不法行為の違法性はその行為の外形自体よりして一般人が判断し得る場合が多いのである。しかしながら、不法行為が争訟の形式をとって行なわれる場合には、その違法性の判断は必ずしも容易でない。けだし、争訟の違法性と争訟の内容をなす各個の行為の有効無効あるいは適法違法とは区別さるべきであり、争訟の違法性はその不当抗争性にあるのであるから、法的知識に乏しい一般当事者としては、相手方の抗争が争う権利の行使として許さるべき限界を超えているかどうか、これを判定するに困難を覚えるのは当然であると謂わなければならない(近時における訴訟長期化の実情にかんがみれば、弁護士費用を損害として請求しようとすれば、相手方の時効の抗弁を封ずるため、当該訴訟の係属中に別箇の訴訟を提起しておかねばならぬことにもなるであろう)。従って特別の事情のない限り、当該訴訟が不当抗争者の敗訴に確定した時において被害者は当該訴訟の違法性を知るものと認めるのが相当であり、その時に損害及び加害者を知ったものとして時効期間を算定すべきである。これを本件についてみるに、特別の事情を認定するに足る証拠がないから、前記仮処分申請事件およびその異議事件については、原告勝訴の判決が確定した昭和三〇年三月三日、本案事件(その反訴事件)については控訴審において控訴棄却の判決が確定した昭和三三年八月二九日を以て原告が損害および加害者を知ったものと認むべきである。そうだとすると、本案事件(その反訴事件)について支払われた報酬による損害については時効期間が経過せず、仮処分異議事件について支払われた報酬による損害についてのみ時効期間が経過しているということになる。ところで前認定のように、原告が五端弁護士に昭和三〇年六月二五日に支払った金三万円は仮処分異議事件および本案事件の報酬金として一括して支払われたものと認められ、各事件についての割合を明らかにする証拠はないが、前記甲第二号証によると、仮処分異議事件においては、債務者である原告において、本案事件の勝訴判決を乙第一号証として提出し、債権者である被告において全く立証することなく弁論終結し、原告の勝訴に帰したことが認められるから、前記の金三万円の報酬金中本案事件についての割合は少くともその半額であると推定すべきである。そうすると、原告が五端弁護士に昭和三〇年九月五日に支払った金三万円全部および同年六月二五日に支払った金三万円中の金一万五、〇〇〇円は、三年の経過にもかかわらず、未だ消滅時効にかかっていないものと謂わなければならない。

七、よって原告の不当争訟を理由とする損害賠償の請求中、違法な本案訴訟に基く損害金一〇万五、〇〇〇円(家藤弁護士に支払った金六万円、五端弁護士に支払った金三万円と金一万五、〇〇〇円)の支払を求める部分は理由があるが、その余の部分は理由がない。

第八結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求中、金一〇万五、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三四年一月一九日以降年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を理由ありとして認容し、その余を理由なしとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条本文、仮執行宣言について同法第一九六条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今中道信 裁判官 滝口功 大内敬夫)

<以下省略>

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